これは1998年9月10日、函館山裏を一周した時の記録です

  函館山裏探訪記
   

 「密漁禁止」の看板が立ててある
 柵をこえて、いよいよ出発だ。時計
 は10時であった。天気は快晴、波は
 穏やかで絶好の日和だ。



















 柵を越えた石切場跡の前海、上磯の
 セメント工場が向かいに見える。この先
 の洞窟は、吊り橋がないので泳がなけ
 ればならない。










函館新聞社提供
  

 空から、穴澗の洞窟が見える。しば
 らく泳いで渡った。












  







 吊り橋がかかっていた洞窟から、
 約30分。寒川も近い。ゴミの多いの
 には驚いた。ペットボトル、タイヤ、
 ハングル文字やロシア語で書かれた
 空瓶など。













 ここに来るまで、浅瀬を歩いたり
 岩壁をくり貫いたトンネルを通る。
 昔、寒川に住んだ住民は、街まで
 こうした道を通って いた。海が荒れ
 た時など、何人も波にさらわれた
 という。













 


沢から流れ出る小さな川。3本ある
から三本川とも呼ばれ、寒川の名前
の由来にもなっている。ここで、少し
早かったが昼食にする。持参した醤油
と山葵は重宝した。















     

 吊り橋が壊れた時、この沢沿いに
 山越えして、街に出たそうだ。














      


 ここが寒川。多い時は28戸 約60
 人の住民がいて分教場(学校)まで
 あった。


















 潮溜まりが至るところに見られ、子供
 たちの良い遊び場だった。冬の間 
 海苔を採って現金に換えていた。










       

 集落があった時の船着場と思われる。
明治の頃まで、前浜はブリ、イカ、
マグロの良漁場であった。



















 人工の円筒が残っているが、灯台の
 目印かもしれない。








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