スリットの階段

 札幌のホテルで業界の会合があった。
ロビーで、旧知の純子さんに会った。
函館に戻るところだった。私の車で一緒に帰ることになった。
次の日は、どちらも予定がなかった。
それで前に新聞で紹介されたことのある岩内の「聖観湯」へ
足を伸ばすことになった。
部屋数が12,3の純和風の旅館である。
廊下や階段は、オンコ、ナラ、ヒノキの無垢材を贅沢に使っていた。
館内はチリひとつないほど磨かれ、スリッパもおいていなかった。
しっとりと落着いた、鄙に稀なる宿だ。
彼女の部屋へ行ったら私のとは、室内のデザインが異なっていた。

 浴衣に着替え、早速風呂に行った。
浴室は床と腰の部分が黒御影石、天井はヒノキで作られ
格子状になっていた。
ヒノキの浴槽から、温泉があふれでていた。

 露天風呂は、階段を下りたところにあった。
ここから、岩内の町と日本海を眺めることができた。
ぐるり見渡すと、女風呂も階段を下りて入るようになっていた。
「あれ!」
これでは降りる時、男の方から丸見えではないか。
階段には、細い竹が縦にスリット状に張ってある。
体のラインが、シルエットになって見えるつくりだ。
心憎いね。こんな遊び心のある設計は悪くない。
まして見え方もチラリチラリだ。
エロチズムを感じるねー。
純子さんが降りて来ないかな。女性がだれか露天風呂に
入らないかな。
そんな期待感をもって、つい長湯してしまった。

 すっかりゆで上がった体を、ビールで冷やした。
彼女に「露天風呂に入らなかったの」とわざと聞いてみた。
「外の風呂のドアを開けたら、貴方の姿が見えたので止めたのよ。」
「君だったらまだ体の線がきれいだから、恥ずかしがることは
ないように思うけど・・・」 「いやー」
そこへ仲居さんがつまみをもってきた。
「この旅館の風呂のつくり面白いね。」
「私どもも女性のお客さんには、男風呂から見えますのでタオルを
巻いて入ってくださいと注意しています。
でも若い方は、”わーい、早く入りに行こう”とあまり気になさらない
感じです。
むしろ年配の奥様がたが、”まあーいやだわ”とおっしゃいます。」
なるほど若い女性は、自分のピチピチした体をアピールできる
ので喜ぶわけか。

 夕食は一品ごと部屋にもってきてくれた。
温かいものは温かく、冷たいものは冷たくとグルメの純子さんも
これは美味しいと喜んでいた。
食事の後、また露天風呂でねばった。
でもスリットから見えるはずの女の”シルエット”は、想像の
世界で終わった。
ここは食事も良し風呂も良しで、誰かとお忍びでくるには格好の
”大人の宿”です。

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