小雨の中で

 私も30歳を越え、そろそろ身を固める時期かなと思っていた。
独身も気楽で悪くない。その頃はどっちつかずの気持ちであった。
九州に出かけた。大学時代の友人池田君に会うつもりだった。
卒業式の前、彼と柴田、森田君それに私の四人で阿蘇の
山なみハイウェーを通り、長崎までドライブ旅行をしたことがある。
旅先ではこれから社会に出る期待と不安、そして
異性への憧れを、酒を飲みながら毎晩熱っぽく語りあった。
九州は、去り行く青春の”思い出の地”でもある。

 卒業旅行の時、彼の家は小倉にあったが、行きと帰りに寄った。
その都度、食べきれないほどの御馳走とお酒を用意してくれた。
「さくら」という名の妹がいた。
彼女はギターを片手に、その当時人気があったフォークを唄った。
わいわい騒ぐ我々に、夜中までつきあってくれた。
ミニスカートが似合う、快活で機転の利く女性だった。
「どうしているだろう」という、ほのかな期待感もあった。

 新幹線で博多に降り立った。 
その日は、駅の近くのホテルに泊まった。
夜まで時間があったので、ちょっと街をぶらぶらしようと思った。
なぜかバスに乗ろうとした。
でもどこに行くつもりだったか記憶にない。
秋の小雨が、しとしとと降っていた。
バス停の時刻表を見ていた。
突然、雨が上がった。「あれ!」周りはまだ雨が降っているのに・・・・
後ろを振り返った。私と同じ年代くらいの女性が、私に笠を
さしかけていた。
驚いた私に、にっこりと微笑んでいた。
ドキマギしていた私は、お礼も言えず逃げるように立ち去った。

 時間にすれば、わずか数秒の出来事。
でも地理の不案内な私は、時刻表を意外に長く見ていたの
かもしれない。その間、ずーと笠をさしてもらったのだろうか。
気が付いたのは、ほんの一瞬だったが・・・・・・・。
そんな小雨の中でのワンシーンが、20数年たった今でも
鮮明に覚えている。

 「さくら」さんは遠い金沢に嫁ぎ、一児の母になったとその後
友人から聞いた。
九州旅行を共にした三人は、函館での私の結婚式に出てくれた。
柴田君は次の年脳腫瘍で亡くなり、池田君も10年前やはりがん
で他界した。
卒業旅行の思い出を共有するのは、私と横浜に住む森田君の
二人だけとなった。

                      2002.6.1


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