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      「日本の第4の味」

     ホヤを究める

その形から「海のパイナップル」ともいわれるホヤ。北海道沿岸でも採れ、

珍味として知られる一方で、調理法があまりなく、一部の人の舌にしか親しま

れていないホヤに熱い視線を注ぐ人がいる。食べ方の開拓のほか、調味料として、

さらには健康食品として、幅広い利用を追求する居酒屋経営「ハンズ・ア
ンド・マインド」

社長の塩野谷治久さんに、ホヤにかける思いを聞いた。

(聞ぎ手 北海道新聞社社会部 塩野 洋)     2000年12月9日

 

――ホヤとの出会いは。

 北大の学生時代に初めて居酒屋で食べたんです。オレンジ色の身をかみしめると、
うまいと感じました。でもその時は、研究しようなんて思わなかった。
本格的に調べてみようと思ったのは、今から三年ほど前です。韓国でキムチにホヤを
入れていることを知り、私の店のメニューにならないか、やつてみたんです。

白菜キムチにホヤを入れて半年寝かせたところ、動物系のうま味が加わり、
味に厚みが増し、なぜこんなにうまいんだろうと感激したんです。
今思えば、この時が
ホヤとの本当の出合いだったと思います」

――ホヤを使ってずいぶん商品を開発しましたね。

 うちでは、根室海峡産を使っています。これまでに、乾燥ホヤのほか、塩辛、キムチ、
ラーメン、そうめんなど十五種類になります。私の店では、酢の物はもちろん、てんぷらやチゲ、
アイスクリームまでホヤのフルコースもあるんです。真空凍結乾燥という方法で独特の臭みを
なくすことに成功しました。この方法は、カッブめんに入っている乾なるとを想像すると
イメ一ジがわくと思います。今は、牛乳や野菜ジュースと一体化させることも研究中です。
海と畑のものとが混じり合うと、うま味が増すんです。ホヤには
EPADHA、タウリンなどの
栄養分が含まれ、栄養価も高まります。

――ホヤってそんなにおいしいんですか。

 ホヤは『味の忍者』です。どこにでも入り込み、こく生む。昨年ホヤを粉末にしたうまみ調味料を
開発し、特許を取りました。みそ汁や鍋物など、何にいれてもいい。塩味は強く感じますが、実際の塩分は
少なく、おいしく減塩できます。高血圧や糖尿病の人、お年寄りには夢の調味料になるかもしれない。
自然の風味で味付けする意味で、コンブ、カツオ、シイタケに続く日本の「第四の味」といっていいと思います。

――六月に北大などの学者と一緒に、札幌で第一回ホヤ国際シンポジウムを開きましたね。外国ではホヤは
  
どんな存在ですか。

 シンポジウムには米国やイギリス、イタリアなど十二ヵ国の約四十人を含む約百十人の学者が集まりました。
ホヤは世界に約三千種といわれていますが、食用はわずか数種です。
イタリアで生食し、韓国でキムチに入れる程度。生物学的な研究対象であっても、食材としては考えられない
のが残念です。
四千年の歴史を誇る中国にも『ホヤ』を意味する文字がないくらいです。
現在、道科学・産業技術振興財団(ホクサイテック)の研究補助金を受け、北大などの協力で研究を進めて
いますが、間もなく一年間の研究成果がまとまります。これはぜひ世界に発信したい。ホヤは新しい二十一世紀の
食文化になると思います。

――今後、どんな研究に取り組みますか?

 ホヤの外皮は捨てられていますが、これを粉砕してニワトリの飼料にしたところ、栄養価の高い
卵を産むようになりました。こうした未利用資源の有効な利用法を探っていきたい。さらに、北大など
との共同研究で、ホヤにはダイデムニンやプレニルヒドロキノンなどの抗がん、抗菌物質が含まれている
ことが分かりました。こうした点を利用して健康食品や医療品の開発ができるかもしれない

――ホヤの研究はライフワークですね。

 居酒屋を始めた時から『郷土料理って何だろう』と考え続けてきました。北海道の農産物は
タマネギもトウロモコシも、元はといえば、外から持ち込んだものです。
私はこうしたものを使った料理を郷土料理とは、言わないと思うんです。
ホヤは紀貫之の『土佐日記』にも
出てくる古くからの食材ですが、まだ食べ方があまり知られていないローカルな存在です。だから、
本当の郷土料理になりうるのではないか。そして、北海道は加工技術が未熟だとよく言われますが、
最終加工まで含め総合的に考える時代だと思います。その意味で、ホヤが提供できる商品は幅広い。
こうしたノウハウを一つのパッケージにして世界に発信したいというのが夢です。
大自然を背景に、食と健康を発信できるのは、全国で北海道しかないと思っています。



  塩野谷治久さんのプロフィル

       1947年、東京生れ。北大獣医学部を卒業後、土木作業員などを経験。76年、札幌市北区北18条西4に
       居酒屋「塩野谷」を開店する。
       95年に有限会社「ハンズ・アンド・マインド」を設立し、現在は居酒屋経営のほか、ホヤの研究開発などを
       行っている。休日も道内各地の海でホヤの調査や講演会など忙しい。
       妻優子さん(50)と2人暮らし。53歳




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